プロフィール

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病院や治療院に通わず
40年来の腰痛を完治させた嬉しさをあなたに

 

病院や治療院に通っても、自分でいろいろ試しても
腰痛は治りませんでした。

 

「この先ずっと治らない‥」
長い間、私はそう思っていました。

 

ところが、3年前
ある柔道家からヒントをもらい
病院や治療院に通わずに40年来の腰痛を完治させました。

 

今の私に腰痛はありません。ギックリ腰の不安もありません。
あるのは普通に動く体。とても自由を感じます。

 

あなたがもし「腰痛を治すのは無理」と諦めているのなら
その諦めこそが腰痛改善のスタートなのです。

 

なぜなら、私の腰痛改善も
諦めたところから始まったからです

 

 

病院や治療院に通わず40年来の腰痛を完治させた
ポジティブオジサンのプロフィール(概要)

 

【H N】 ポジティブオジサン
【出 身】 北海道小樽市(現在も北海道です)
【性 格】 ひょうきん&のんき‥ときどき短気(今はかなり穏やかになりました)
【職 歴】 自動車販売店の営業・新聞記者・書店の店長・ライター(現職)
【趣 味】 ジャズ・サキソフォン・ミニ盆栽・蝶の観察
【好 き】 何も聞こえない一瞬と、美しいジャズの和音
【嫌 い】 ごまかす人間
【  夢  】 音楽で人を感動させること
【家 族】 霊の見える妻と猫
【ブログ】 腰痛改善メソッド|3つの実戦的アプローチ

 

 

18歳で強烈なギックリ腰に!

 

はじめまして。ポジティブオジサンです。

 

18歳の時に強烈なギックリ腰になって以来
ずっと腰痛に悩まされてきました。

 

洗顔は左手で体を支えながら、右手だけで。
「ギクッ」となるのが怖いから。

 

腰を曲げてお辞儀をすることはできません。
「あんた、いつも偉そうにしているね」
そういわれる時はドキッとします。

 

椅子から立ったすぐ後は、腰を伸ばして歩けません。
職場ではよく「じいさんだね」と言われます。

 

そんな時、笑いながらおどけてしまう自分は
ちょっと悲しいピエロの気持ち。

 

 

レントゲンに写った異様な形の腰椎

 

こんな腰になったのは1973年3月31日。
高校3年生になる前日でした。
(ポジティブオジサンは高校1年生を2回やってます)

 

朝食の食器を下げようと、立ってテーブルに手を伸ばした瞬間、
「ギクーッ」と左の腰に体験したことのない激痛が。


診察室の医師の机には
初めて見る自分の腰椎のレントゲン写真がありました。

 

腰椎は通常、臼のような形をしています。

 

ところがレントゲン写真の5個の腰椎は
上の3つが異様な形に変形していて
どれも右上の角が欠けた台形でした。

 

腰椎1-1

 

「自分の腰椎は普通じゃないのか‥」
心に広がる底知れぬ不安。

 

「先生、この骨は変なのですか?」
勇気を出して医師に聞いてみました。

 

しかし、返ってきた答えは
「なんとも言えませんね。激しい運動は避けた方がいいです」

 

たったそれだけでした。

 


スポーツが好きで
運動部を掛け持ちしていた私の体は
胸囲が110cm、太ももの周囲が60cm。

 

身長165cmと小柄ですが
筋肉の鎧を着ていた、と言ってもいいほどです。

 

医師の説明で初めて分かったのですが、
腰椎が変形しているため、腰の筋肉がつきにくく
腰椎の周囲はほとんど筋だけでした。

 


そういえば、
部活で筋トレをしていても
ほかの部員より腰が疲れやすかった。

 

100mを全力で走ると、
ゴール直前で腰が抜けたようになる。

 

胸も足も筋肉がもりもりしているのに
腰だけが細かった。

 

思い当たる節がいくつもありました。

 

 

ストレスが原因?再び腰に激痛が

 

以来、スポーツはやめ、腰を酷使しない生活を始めました。

 

20代半ばまでは腰痛になることもなく
ギックリ腰や腰椎の変形も気にしなくなっていました。

 

ところが、自動車販売会社に就職し営業を続けているうちに
ギックリ腰が再発したのです。

 

夜遅くまで続く営業会議と社員教育、
月末になると重くのしかかる販売ノルマ‥
そのプレッシャーでストレスがたまっていたのかもしれません。

 

高校時代の症状とは違い、数日で回復する程度だったので
病院に通い、痛みが消えると通院をやめて仕事に没頭する。

 

その繰り返しで腰痛は慢性化していきました。

 


2年後、会社が倒産し、社員の人間関係は日に日に悪くなり
私は転職することにしました。

 

ちょうど、地元の新聞社が記者を募集していたので
渡りに船とばかりに入社したのです

 

 

不規則な生活でまたも激痛!そして入院

 

入社したまでは良かったのですが
最初の1年間は記事をうまく書けず
睡眠時間が2、3時間という日もざら。

 

いつ起きるか分からない事件や事故。

 

昼も夜もない極めて不規則な生活が続いても
「健康より原稿だ!」が常識の世界でした。

 

それでも、なんとかまともな記事が書けるようになり、
不規則な生活から少し抜け出した‥

 

そう思っていた31歳の夏。

 

いつものように
警察署の記者クラブで原稿を書き終え、椅子から立とうとすると
腰が抜けたように動けなくなったのです。

 

腰から下に力が入りません。
足を動かそうとするだけで腰に激痛が走りました。

 

会社に電話をして原稿を取りに来てもらい
(当時はパソコンもメールもありません)

タクシーで病院に直行。

 


1時間後‥
腰を牽引され、ベッドに仰向けに寝ている自分がいました。

 

その時のレントゲン写真には
台形の形をした腰椎に、新たに突起ができていました。

 

腰椎2-1

 

それについて医師の所見はありません。

私も怖くて聞くのをやめました。


退院後はコルセットを着け、
痛みが和らぐと外し、再発するとまたつける。

 

腰は常に重苦しく、
痛みのない時でも強いコリを感じていたのです。

 

 

底知れぬ不安‥3個の腰椎が1個に合体してしまう?

 

その後の10年間は、腰痛が生活の支障になり
痛みによるストレスと運動不足で筋肉も衰え、
腹の突き出た中年太りの体形になっていきます。

 

体重は30歳のころより10kgほど増え、70kgになっていました。

 

そして40歳の誕生日に3度目のギックリ。

 

知り合いの医師をたずねました。

 

そこで見せられた腰のレントゲン写真には、
信じられないものが写っていました。

 

9年前にできた突起がそれぞれ上下に伸び

3つの腰椎が一体になりかけていたのです。

 

腰椎3-1

 

私:「これ、つながるんですか?」
医師:「時間の問題です」

 

私:「つながったら、どうなりますか?」
医師:「影響が出るようなら手術ですね」

 

私:「出なかったら?」
医師:「それはそれで、そのまま」

 

私:「つながったまま?」
医師:「そうです」


知人の医師は、はっきり言う人でした。

 

どうなる?という疑問が消えた代わりに
さらに大きな不安が広がっていきます。


医師:「あなたは、まだましな方ですよ」
私:「そうですか」

 

医師:「だいじにしてください」

返す言葉はなくなっていました。

 

 

もう治らない‥治す気力も失せ、投げやりに

 

以来、痛みを軽くする方法はなんでも試してみましたが、
どれも一時しのぎでしかありません。

 

腰の負担を軽くするためにダイエットにも取り組みました。

 

ところが、運動をしなかったため筋肉までも減ってしまい、
腰痛はさらにひどくなっていきます。


病院に通っても
「腹筋と背筋を鍛えなさい」と言われるのがオチ。

 

治療院に行っても、ほとんど効果はなく
重苦しい日々が過ぎていきました。

 


それから、数年。

50歳になろうとするころには、
腰痛を治す気力も失せていました。


「一生、腰痛からは逃れられないな」
と考え始めた自分。

 

「腰痛と友達になるしかない」
「無理さえしなければなんとかなる」

そう思い込ませるしかなかったのです。

 

ほとんど、やけくそです。


そうなると、人前で腰を曲げたまま歩いていても
気にしなくなるものです。

 

「どうしたの、その格好。病院は?」
心配して治療するよう勧めてくれる友人に向かって

 

「治らないし、腰痛で死んだ人もいない」

と、投げやりな言い方をするようになりました。

 


柔道家のアドバイスが40年来の腰痛を完治させる始まりに

 

2012年の春
仕事で知人の柔道家の職場を訪ねました。

 

いつもより腰の調子が悪く、
机に両手をついてゴリラのような格好で挨拶すると
それを見た柔道家は、こう言いました。

 

柔道家:「そんなに腰が痛いなら、いいことを教えてやる」
私:「何ですか」

 

柔道家:「バスタオルを折って小さな枕を作れ」
私:「腰に当てるんですか」

 

柔道家:「そうだ。仰向けになって10分間、だまっとれ」
私:「動かずにですか?」

 

柔道家:「そうだ。少しは楽になる。ただし、眠るなよ」
私:「やってみます」

 


腰痛が治るというほどではありませんが、
確かに少しだけ楽になりました。

 

「やらないよりは、いい」
そんな思いで始めた、ささいな腰痛改善策。

 

腰に小さな枕を当てたまま、
退屈な時間が流れます。


眠らずに、天井を眺めて何かを考え始める自分。

 

それが40年来の腰痛を完治させる始まりだとは
まったく気づいていなかったのです。

 


1年後‥長年、苦しめられた腰痛が消えました

 

どうすればもう少し楽になれるのか
なぜ、こうしていると楽になるのか
筋肉はどんなふうになっているのか
腰痛とは、痛みといったい何なのか

 

いろいろなことを考えました。

 

まとまりはなく、漠然としていて
頭の中はうまくいかないジグソーパズル。

 

それでも、毎日、考え続けていると
ピースは少しずつつながりはじめ
やがて大きな3つのブロックになったのです。


筋肉を全体的に働かせる必要がある
腰椎への負担を軽くする必要がある
予防できる環境を整える必要がある

 

このブログでお伝えする
「3つの実戦的アプローチ」の原型です。

 

これに基づいて思いつく方法を次々と試しました。

 


1年後‥
長い間、苦しめられた腰痛は
いつの間にか消えてなくなりました。

 

腰は自由に動きます。

 

3つの変形した腰椎のことも気になりません。
一体化しているはずですが、支障はありません。

 

現在は、日々、ストレッチをし
全身の関節の動く範囲を広げています。

 

立位体前屈は22cmになりました。

 


痛みは腰からのSOSだった

 

腰痛って、なんでしょう。

あなたは、どう思いますか。


痛いのは不愉快です。
痛みが続くと体と心が疲れます。

 

なんとか、消し去りたい
二度と現れてほしくない

 

当然、そう思いますよね。


でも、そう思う前に
ちょっとだけ考えてみてください。

痛みを発信しているあなたの腰のことを

 

あなたの腰は健康な状態ですか?
筋肉が炎症を起こしていませんか?
何か異常があるのでは?


痛みとは、
異常を伝えるメッセージ。

 

言い換えれば「SOS」なのです。

 

人間が医学を生み出す以前から、
体の異変を持ち主に訴える手段だったのです。


神経は痛みを言葉では伝えてくれません。
でも、あなたに助けを求めていることに変わりはないのです。

 


根本的な解決に重要なこととは

 

治療や薬で痛みを抑えることは大切なことです。
神経ブロックで痛みを遮断することも時には必要です。

 

しかし、それだけでは根本的な解決にはなりません。


重要なのは

 

あなたが
腰痛の訴えに耳を傾け
体のことをよく理解し
解決策を着実に実行すること

 

そうすれば、腰痛を改善すことができます。

 


「痛くない、自由に動く」だけじゃない。もっと大きな変化が

 

2015年7月現在、ポジティブオジサンは60歳です。

 

体重は57kg。ウエストは76cm

 

「10年前の自分より、さらに10歳若い」
そう感じるほど体は良く動きます。

 

腰痛に悩まされ、諦めていた自分とは
まったく別の人間です。

 

腰痛を抱えていた時は、
自分のやりたいことを考えようとしても
「腰が痛くなったら‥」「ギックリになりたくない」

そんな心配がつきまとっていました。

 

腰痛改善に取り組み始めると
「痛みのない体になれるかも知れない」
「早くそうなりたい」と強く思うようになります。

 

そして、実際に治ってみると
「痛くない」「自由に動く」という嬉しさとともに
心がポジティブになるのです。

 


パソコン音痴のオジサンが無謀にもブログに挑戦!

 

ポジティブオジサンは会社でパソコンを使っていますが
実は苦手です。

 

できることといえば
文章を打ち込んだり、メールができる程度。

 

何か分からないことやトラブルがあると

同僚に「これ何とかしてくれ」と頼んでしまう

パソコン音痴のオジサンでした。


ところが腰痛が治ってからは
インターネットにも興味がわいて自分用のパソコンを購入し、
趣味のミニ盆栽でブログにチャレンジしました。

 

無謀にもワードプレスで‥

 

つまようじを武器に像に挑むようなものですが
腰痛と闘うより、はるかに楽です。

 

できないことができるようになるのは面白いものです。


そんなことをしているうちに
「腰痛改善の体験をブログで伝えられるのでは?」
という思いが膨らんできました。

 

腰痛という悩みを持っている人に
私の体験を伝えることで元気になっていただけたら。

 

そんな思いでこのブログを始めることにしました。

 


腰痛を改善するのに必須の「コツ」とは?

 

腰痛改善は


骨盤矯正とストレッチで症状を軽くする
姿勢と生活習慣を見直して原因を取り除く
腰痛になりにくい心と体をつくる

 

この3つが柱になります。

 

腰痛改善に取り組んでいる最中に
ポジティブオジサンはあることに気づきました。

 

柔道家のアドバイスの中に
「だまっとれ(動くな)」「眠るな」
というのがありましたね。

 

じっとしていると眠くなる
それでも眠るな、ということです。

 

矛盾したようなこの言葉。

そこに腰痛改善のコツがあったのです。


そのコツとは
「眠っている時のように力を抜く」

 

このブログでは
腰痛の解消と予防に関連した情報とともに
そのコツをあなたに分かりやすくお伝えします。

 

あなたの腰痛が改善されるよう
快適な生活と自信を取り戻してもらえるよう
知っていることを公開し、あなたを不安のない生活に導きます。

 


夢を叶えるのは人生最後の一瞬でいい!

 

ポジティブオジサンの夢は
「音楽で人を感動させること」です。

 

ジャンルはジャズ。楽器はテナーサックス。


いい音楽を奏でるには
それなりのテクニックとセンスが必要です。

 

日々、課題を見つけクリアしていけば
常に次のステージが今までで最高の演奏になります。

 

私の夢はその延長線上にあります。


幸いなことに、
柔道家からいただいたヒントで
諦めていた腰痛を完治させることができました。

 

考え方を変えることによって行動が変わり
行動を変えることによって未来が変わる。

 

そんな経験をさせていただいたと思っています。


60歳という年齢で、
これから夢を叶えるなんて‥無理なのでは?

 

そういう人も多いでしょう。

私自身、その中の一人でした。

 

でも、今は違います。

 

腰痛を完治させたことで
健康で自由に動く体を取り戻し、
その体に自信とポジティブな心が育っています。

 

 

いい音楽にはテクニックやセンスが必要です。

 

でも、人を感動させるのは演奏する人の心。

 

人は心を装うことはできません。
音にも自然に表れます。

 

ポジティブな心を育てることで
テクニックやセンスに勝る何かを得られる。

 

そう思っています。

 

人生の残り時間との勝負になると思いますが、
成長し続ければ必ず叶えられると信じています。

 

それが人生最後の一瞬だとしても
聞いてくださる方が感動してくれるなら

 

私は、それで、満足です。

 


おわりに

長いプロフィールになってしまいました。
ここまで読んでいただいて、感謝します。

 

今のポジティブオジサンは、
腰を90度曲げてお辞儀ができます。

 

頭を深々と下げて、お礼ができるって
ほんとうに嬉しいものです。

 

そんな嬉しさをあなたにも。

 

最後まで読んでいただき
ありがとうございました。

 

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